山下今回のテーマは「2040年における地方大学の価値」ですが、未来を考えるときに、逆に15年前を振り返るとヒントが見えてくると思います。
野村15年前というと東日本大震災が発生した頃ですが、その頃と比べて今は、生成AIの登場や会議等のオンライン化など変化はあった一方で、社会の構造そのものは、それほど劇的に変わってはいないとも感じます。
山下そうなんですよね。オンライン化が進む中で、むしろ対面の価値も見直された。テクノロジーは進化しても、人と人の関係性や価値の感じ方は大きくは変わっていない。だからこそ、「何が価値なのか」という本質が、より問われている。
野村そう考えると、未来価値とは、全く新しいものを生み出すことだけではなく、というより、「何を価値と捉えるか」を問い直すことなのかもしれませんね。
山下その意味で、大学が何をする場なのかも改めて問われています。知識を教える場から、その先に何を担うのか。
山下そもそも「地方」という言葉自体に違和感があるんですよね。特に「人口減少」とセットで語られることが多いですが、それを前提としていいのかと。
野村確かに、「地方=縮小するもの」という前提になっていますね。
山下ただ、歴史的に見ると、人口の多い地域は時代によって全く違います。明治の初期には広島や新潟、石川などが人口の上位に来ていた時期もあり、人口や拠点性は、産業や交通のあり方によって変化しています。東京一極集中も、ある時代の条件の中で成立した一つのかたちに過ぎない。
野村ということは、これからまた変わる可能性もある?
山下十分あると思います。AIや通信技術の発達で場所に制約されずに働ける仕事が増えつつある中で、集まる場所のあり方も変わるはずです。
だから、「減るから仕方がない」と受け身で捉えるのではなく、「どうすれば人が集まる拠点をつくれるか」と考えることもできるはずです。
野村前提として受け入れるのではなく、変えていく対象として捉えるということですね。
山下そうです。「地方」という見方そのものが固定観念になっている。それを外して、「どう変えられるか」「どこに可能性があるか」を考えることが地方大学の価値を考える上でも重要だと思います。
野村AIの話は、大学が何をする場所なのかという問いに大きく関わってきますよね。これまで大学は「知識を得る場所」という役割が大きかったですが、そこはかなり変わってきていると思います。
山下そうですね。知識そのものは、AIによって誰でもアクセスしやすくなっています。
野村この機構が立ち上がった頃に、ある先生から「これからは知識がいらなくなる」とう話を聞いたことがあります。もちろん極端な言い方ですが、AIによって知識は誰もが容易に利用できるようになっていきます。その中で、教養教育の本質は知識を踏まえて物事の本質を見極め、自ら判断できる、「見識を持つ人間を育てること」だという話でした。
山下見識ですか。
野村はい。何を問うのか、どう問いを立てるのか。その力が重要になると。知識の量だけで勝負する時代ではなくなるからこそ、問いを立て、知識をどう使うかが大事だという話で、すごく腑に落ちたんです。
山下確かに、AIはそれらしい答えを出しますが、それが正しいかどうかを判断するのは人間です。過去の情報に基づく標準的な答えを出すことは得意でも、その前提や限界を見極めるには、経験や文脈が必要になりますね。
野村だからこそ、「本当にそうなのか」と疑うことができるかどうかが大事なんだと思います。問いが立てられなければ、結局AIの出してきた枠に留まってしまう。
山下その問いを立てる力は、一人で完結するものではなく、人との関わりの中で磨かれるものですよね。
野村違う視点が入ることで、自分では気づけなかった問いが見えてくる。そこに大学の意味があるのかもしれません。
山下知識を教える場というより、多様な人が集まり、それぞれの経験や考えを持ち寄る場としての役割ですね。
野村その中で新しい発想や価値が生まれる。大学は、自らをそういう場として見直していく必要があると思います。
山下見識や問いを立てる力は、人との関わりの中で生まれてくるものだと思います。自分の経験だけでは見えないことも、違う専門や背景、価値観を持つ人と出会うことで、一気に見え方が変わる。
野村全然違う分野の人と話していると、「そんな見方があるのか」と思うことはありますね。
山下そこに価値があると思っています。多様性というと「いろいろな人がいること」に注目されがちですが、本当に大事なのは、その違いがどう交わるかです。
野村単に集まっているだけではなく、そこで何が起きるか、ということですね。
山下はい。ある人の経験と別の人の知識が組み合わさることで、新しい発想が生まれる。問いに対して違う角度から答えが返ってくることで、新しい気づきが生まれる。そういう“動き”が重要なんです。だから多様性は「状態」ではなく「プロセス」だと思っています。違いが交わり、何かが生まれ、それが外に広がっていく。その流れが循環をつくっていく。
野村大学で学んだ人が社会に出て、その経験をまた大学に持ち帰るような流れですね。
山下まさにそうです。社会の課題が大学に持ち込まれ、そこから新たな学びが生まれることもある。これまでの大学は、知識を提供して送り出す一方向のイメージが強かったですが、これからは「出ていく」「戻ってくる」「また広がる」という循環の中で価値が生まれると思います。
野村そう考えると、学びの意味も変わってきますね。
山下重要なのは、やはり「人」です。多様な経験を持つ人がいて、関わり合える場があること。その組み合わせによって、見出される価値は変わってくる。だからこそ大学は、多様な人が交わる場である必要があるし、その交わりをどう設計するかが重要になると思います。
野村ここまでの話で思うのは、今の枠組みの中だけで考えていても、新しいものはなかなか出てこないということです。例えば仕事でも、今見えている職業は、これまでの延長線上にあるものが多い。でも本当は、もっといろいろな仕事があるはずなんです。単に、それが見えていないだけで。
山下「ない」のではなく、「見えていない」ということですね。
野村そうです。だから、「何があるか」ではなく、「何が必要か」から考えることが大事だと思っています。そのためには、今ある前提を一度疑ってみる必要がある。そこで生まれたのが、「YURUGAS―その発想が、社会を揺るがす。―」という取組です。
山下既存の考え方をそのまま受け入れるのではなく、立ち止まって問い直すということですね。
野村はい。例えば、「地方には仕事がない」とか、「この学部を出たらこの職業」という考え方が、当たり前のように共有されています。でも、それが唯一の選択肢とは限りません。また、例えば医療の世界であれば、病院で働くだけが選択肢ではなく、地域ケアやヘルスケア産業など、新たな関わりを作ることができます。広げようと思えば可能性はあるはずです。
山下領域そのものの見方を変える必要があるということですね。先ほどの「地方」という捉え方にもつながります。
野村「地方は厳しい」という前提に立つと、そこで思考が止まってしまう。でも、「違う可能性はないか」と考え始めると見え方が変わる。若い人が地域に残らない理由を、単に「仕事が少ないから」と捉えれば、企業誘致が中心的な解決策になります。しかし、「地域に必要な仕事を自分たちでつくる」と考えれば、別の展開も見えてきます。
山下アントレプレナーシップの話につながりますね。環境に適応するだけでなく、環境をつくる側に回るということでもある。
野村まさにそこです。ゼロから何かを生み出せる人材がいれば、地域にないものは自分でつくることができる。その発想があるかどうかで、可能性は大きく変わると思います。そして、その視点は一人では持ちにくい。いろいろな人の考えや経験に触れることで、「そういう見方があったのか」と気づける。そこは、多様性の話ともつながっていると思います。
山下多様な視点があるからこそ、前提に気づくことができる。その気づきが、新しい挑戦につながっていくわけですね。
野村ここまでの話を踏まえると、大事なのは「新しいものを生み出し続けること」だと思います。多様な人が関わることで価値は生まれますが、それを一度きりで終わらせないことが重要です。大学で生まれたアイデアが社会に出て実践され、また大学に戻ってくる。その繰り返しの中で、次の価値が見えてくるのではないでしょうか。
山下往復することで価値が積み重なっていく。その循環を続けることが大事ですね。
野村そこで構想したのが、アントレプレナーシップ教育からイノベーション創出、社会実装までを一体的につなぐ「YURUGAS―その発想が、社会を揺るがす。―」です。“YURUGAS”の視点が、ここで効いてくると思います。同じ前提のままでは、循環していても新しいものは生まれにくい。ただ回すのではなく、時々問い直すことが必要です。閉じた循環ではなく、新しいものが入り続ける“開いた循環”をどうつくるかが重要だと思います。
山下その点でいうと、「研究」の役割も大きいと思っています。新しいものを生み出すには、最先端の知や技術が必要です。既存の前提を揺るがすには、その前提を深く理解し、「何が分かっていないのか」を明らかにしなければならない。そこは大学の研究が担う部分です。
野村“YURUGAS”を実現するためにも、研究が必要だということですね。
山下そうですね。そこに多様な人が関わることで視点が広がり、人や知識が行き来する中で、大学と社会の関係も一方向ではなくなっていく。大学は中心に立つというより、「流れを生み出す場」になるのだと思います。
野村2040年のことを考えると、その「回り続ける仕組み」をどれだけつくれるかが問われますね。
山下未来を固定的に描くのではなく、変化を生み出す仕組みをつくること。その一つの形が、多様性、“YURUGAS”、そして循環が結びついた状態なのだと思います。大学が、人と人が出会い、問いを立て、試し、次につなげていく場であり続けること。それが、これからの地方大学の価値になるのではないでしょうか。
対談を通じて見えてきたのは、地方大学の未来は、人口減少を所与のものとして受け入れるのではなく、前提そのものを問い直すところから始まるということです。多様な人と知が出会い、研究と実践を往還しながら、新しい価値を生み出し続ける。その開かれた循環をつくることが、これからの地方大学に求められています。今後もこうした視点を大切にしながら、大学のあり方を考え続けていきます。