杉森今治市と愛媛大学はTown & Gown構想の推進に関する覚書を締結し、全国の枠組みにも参画しています。Town(まち)と Gown(大学)が、包括的・日常的・継続的・組織的に連携する土台として、この考え方を今治での協働の基盤に置きました。また、本構想を元に愛媛大学が令和7年10月に設置した今治サテライトは、「海事産業部門」と「地域協働部門」の二本柱で構成されています。
土居今治市としても、これまで希薄だった愛媛大学との強固な連携は悲願でした。令和5年度に仁科学長からTown&Gown構想のお話をいただいたことが契機となりました。Town&Gown構想自体は広島大学と愛媛大学から始まったものとお聞きしており、広島大学の越智学長が今治市出身であることや、私自身広島大学の出身であることから、人的な縁を感じる取組でもあります。
杉森今治市は県内2位の人口規模を持つほか、造船、海運、舶用工業など、世界有数の海事産業の集積地です。あらゆる研究資源が豊富であることと、広島大学との連携ハブとしての地理的重要性も考慮し、Town&Gown構想を実現するための連携先としてお声掛けさせていただきました。これまで四国中央市(紙産業イノベーションセンター)や愛南町(南予水産研究センター)などで積み上げてきた地域拠点の経験を、今治でも活かしていきます。
土居今治市は日本最大の海事都市です。造船所の数は国内トップ、船を保有する海運会社の数や隻数も日本一、船内に積み込む設備などの舶用工業も強く、金融・商社の拠点も集まる――海事産業に関わる機能が1都市に凝縮しています。
杉森世界的に見ても、ここまで海事産業が一体で揃う都市は稀ですよね。
土居世界でも今治だけだと思います。そんなこともあって、「瀬戸内の世界都市・今治」を標榜しています。その背景にあるのは20年前の市町村合併です。もともと12の市町村に分かれていて、造船所、海運会社、舶用工業の企業は、島しょ部を含めて点在し、自治体ごとにバラバラな振興策しか打てていませんでした。それが一つの今治市になったことで、海事産業全体を“市として一体で見る”ことが可能になった。これが日本最大級・世界有数の海事都市としての現在地につながっています。
杉森自動車産業がこの20年で経験したような大きな変化が、造船業でも起こるとも言われています。設計・生産・運航・保全に至るプロセス全体でデジタル化が進み、新しい技術の導入が避けられない段階です。
土居就業人口の減少を補う手段としても高生産技術は必要で、現場でも変化の波を感じているのは確かです。人が手作業でやっていたところにロボットが入ってきていますので、それに対応できる高度な専門人材を育てる必要があります。愛媛大学への期待もどんどん高まってきていますよ。
杉森現場の課題を共有し、技術の当てどころを一緒に確かめることが肝心です。今治の産業の機動力と、大学の視点を重ねられれば、実務と学術が往還する場をつくれるはずです。
土居造船・海運・舶用品が同じ都市にそろっているという条件は、工程や現場の横のつながりも取りやすく、課題共有やフィードバックを速くします。企業トップも即断即決で、その点は他地域とは比べ物になりません。現在、行政と大学だけでなく、産業界も巻き込んだビッグプロジェクトの実施を予定しており、今治サテライトを軸とした高度専門人材の育成がどのような成果をもたらすか非常に期待をしています。(※令和8年2月3日付で令和7年度地方大学・地域産業創生交付金事業に「今治海事エコシステム構築プロジェクト~海事産業の新価値創造と地方創生~」が採択されました)
杉森大学としては、そうした現場の動きに応えられる人材育成をどう設計するかが重要だと考えています。現場に近い今治だからこそ、実装まで見据えた学びを設計できます。また、海事産業に対する理解を深める教育に積極的に取り組んでいきたいです。
杉森既に募集が始まっておりますが、令和8年度から工学部内に「海事産業特別コース」が新設されます。広く総合的にモノづくりに関する工学を学んだ後、3年次以降は今治サテライトにて、海事インターンシップ、船舶舶用の実験など、実際に海事産業へ触れることのできる実習系科目が用意される予定です。
土居これまで海事や海洋について学べる“大学”はありませんでした。船員養成機関である波方海上技術短期大学校などがあるのみで、県外どころか四国にもなかった。「海事産業特別コース」の設置は、今治市にとっても、今治の海事産業の皆さんにとっても大変ありがたいニュースです。これで、全国から海事産業に関心のある高校生が今治に集うイメージを描くことができます。
杉森海事産業に限らず、今治サテライトは、ローカル・ラーニング・コモンズとして日常的に開く学びの場にしたいです。必要な時に戻って学べるリカレント教育も今治サテライトで受け止めたい。
土居今治市内でいうと、企業技術者のリスキリングに関するニーズが高いと受け止めています。企業同士だけでは会社の垣根を超えた連携が難しくても、大学というニュートラルな存在が入ることで、つながりやすくなります。また、大学生が来てくれること自体が、地域の空気を変える力になります。
杉森学生がハブになると場が和み、受け止めが柔らかくなりますよね。
土居学生が今治の多様な企業と交わって「こんな面白い会社がある」と感じれば、就職先としての選択肢にもなる。地域にとっても学生にとっても良い循環が生まれます。
杉森国際海事都市を目指すなら、国際化は不可避ですよね。愛媛大学としては、国際連携や留学生の受け入れでも関われる余地があると思っています。
土居そこは現実的な動きもあって、令和8年度からALT(英語指導助手)を海外から30〜40人程度受け入れる計画を進めています。今治市内の小中学校(40校)に1人ずつ配置して、まずは今治の子どもたちが英語に日常的に親しめる環境をつくろうというものです。
杉森国際化への関わり方は、2つの入口がありそうです。ひとつは、英語教育のサポート。もうひとつは、愛媛大学として強みがある“「やさしい日本語」による日本語教育”の側面です。
土居日本語教育と言うと、外国人の方への支援ということですね。そちらも大切だと思います。
杉森そのとおりです。本学は文法より「通じること」を優先する、サバイバル・ジャパニーズのような短期プログラムを持っています。全く日本語ができない留学生に対して、3週間程度で日常生活に必要な日本語を身につけてもらう取り組みで、一定の評価を得ています。英語の学びと並行して、外国人が日本で暮らすための日本語を支えるメソッドは用意できそうです。
土居今治市としても、外国人労働者の増加等に伴い、市役所内に多文化共生推進の組織を立ち上げて共生プランを作成しているところです。先般実施した今治市内の外国人住民へのアンケートでも、例えば医療の場面で「ズキズキ」「チクチク」といった日本語独特の表現が、外国人の方には伝わりにくいという指摘がありました。「やさしい日本語」を利用したガイドの作成など、ぜひ国際連携の観点からお力添えをいただきたいです。
杉森今治へは、特定の分野に限らず、研究フィールドとしての期待も持っています。例えば、医療の高齢化や特定産業の健康状態のモニタリングなど、海事産業を含めて多方面に連携できる余地がありますよね。造船の労働環境だけを見ても、冬は寒く夏は非常に暑い。そこで働く人の健康への影響は大きいはずです。医学部の先生方を含めて様々な専門家が入れば、研究テーマや改善の方向性が出てくると思います。
土居人口15万人規模で、かつコンパクトな都市なので、研究フィールドの場、実証実験の場としても扱いやすいと思います。人や産業、観光資源も揃っていますし、島しょ部と都市部の両方を舞台にできます。また、行政と医師会との関係が良好なために、地域医療連携を見据えた取り組みも可能です。加えて、国家戦略特区※の制度を活用できれば、制度面の試行にも道が開きやすいと思います。
杉森村上海賊や源平合戦にも所縁のある大山祇神社など、観光・文化資源も研究や受け入れの対象が多いですよね。
土居村上海賊は日本遺産にも認定され、世界に誇れるコンテンツの一つとなりました。今治市は「瀬戸内の世界都市」の実現に向け、海事産業のほか、今治タオル、しまなみサイクリング、FC今治、丹下健三建築など、世界に誇る地域の魅力の磨き上げを進めています。その推進力をさらに上げるために、愛媛大学の多様な学部の知見をお借りしたいです。
杉森色々な取り組みが積み上がれば、例えば、実験都市の“地域版”のような形も見えてくるのでは、と感じます。場があることの強みは大きいです。“今治をフィールドにする”という考え方で、興味を持った人が入ってきて育っていく──その進み方が合っていそうですね。
杉森2040年には18歳人口が現在の7、8割程度にまで減少し、学生となる地域の若者も減少する見込みです。その際、大学が地域に残り、卒業生や地域住民が学び直せる拠点として機能し続けることが、大学と地域の双方にとっての「未来価値」だと考えています。
土居今治市は「住みたい田舎ベストランキング」で4年連続全部門1位を達成するなど、まちの魅力を高く評価いただいています。一方、高等教育機関が不足していることが多くの若者が流出する要因にもなっています。今治サテライトの設置により、「学びたいときに学べるまち」となれば、若者を含む定住促進や関係人口の創出につながります。
杉森Town & Gown構想はゴールではなく入口です。今治サテライトという会い続ける“場”があり、小さく試して結果を持ち寄る――その往還の中から次が見えてきます。学生が間に入ることで、受け止めが柔らかくなり、次の人を呼び込む。つながりの循環自体が価値になっています。
土居これまで申し上げたように、地域として前に進むためのネタはたくさんあります。今治の産業や地域資源に一層の磨きをかけ、20年先、50年先の今治の未来が輝きを増すよう、これから新たなステージへと大きな一歩を踏み出す必要があります。そして、そのためには、愛媛大学の存在、今治サテライトの取り組みがとても重要だと思います。今治市としても愛媛大学の活動を全面的にバックアップさせていただきますので、これからもよろしくお願いいたします。
今回の対談では、「Town & Gown」を土台に、海事産業の集積を核とした、学び直しや国際化、さらに島しょ部や特区を活かした社会実装へと広がる連携の姿が語られました。特筆すべきは、今治サテライトが「ハブ」となり、企業・行政・地域の距離を縮める役割を担っている点です。学びと現場が往還する循環が生まれ、“場”と“人”が結び合う連携モデルは、産業の高度化と暮らしの安心を同時に支える基盤となり、新しい可能性を育みます。今治市と愛媛大学は、これからも対話を重ね、海と地域をつなぐ学びと実装を推進していきます。