八尋今日はお忙しい中ありがとうございます。よろしくお願いいたします。コロナ禍の前後で学生の気質が変わったと感じています。特に縦の関係が途切れてしまったこと、サークル活動の断絶などが影響しています。貴行でも何か感じられますか。
杉野コロナ禍の後、最近の学生はキャリア観がしっかりしていて、会社への貢献意欲が高いです。ただ、社会との接続や対人経験が乏しく社会とのギャップに苦しむ方も多い印象です。例えば、今の家庭には固定電話がないことが多いですが、会社に入ると、まず電話応対です。親などからは「知らない番号からの電話には出ないように。」と言われて育った世代が、いきなり「伊予銀行でございます。○○が承ります。ご用件をお伺いします。」と言わなければなりません。
八尋確かに、経験がないわけですね。
杉野そうなんです。ただ一方で、若い世代の柔軟さや発信力には感心することも多いです。地域のデジタル化は、我々の重要な使命の一つで、バンキングアプリの普及に力を入れています。ただ、アプリの導入は、特にご高齢のお客さまにとっては少し難しい。それを若い行員に店頭で対応してもらうと、なかなか上手にやってくれます。
八尋大学では専門教育だけでなく、社会に出てから必要とされる「社会人力」~人と協働する力や、ストレス下でも力を発揮できる力~をどう育てるかが大きな課題です。
杉野おっしゃるとおりですね。「愛大学生コンピテンシー」は重要な視点ですが、平常時とストレス下では力の発揮の仕方が異なります。どういう状況下でも再現性のある力を育てる訓練が必要です。
八尋まさに学長の仁科も「非常時のコンピテンシー」の重要性を強調しています。コロナ禍を経て、社会の変化に対応できる力を育てる必要性が高まりました。
杉野ビジネスの現場でも、ストレスがかかる状況でこそ本当の力が問われます。大学時代にそうした経験を積めると良いですね。身につけた「コンピテンシー」を企業側にどう伝えるかも大事ですね。学生の自己評価だけでなく、第三者の視点や記録があると、より信頼性が高まります。
八尋今後は、より客観的に力を示せる仕組みを整えていきたいと考えています。
八尋大学院では専門教育が中心ですが、それだけでは社会に通用しない現実があります。専門性と汎用的な力の両方を育てる必要がありますね。研究室に閉じこもるのではなく、社会と接点を持ちながら学ぶ仕組みが必要です。
杉野企業でも、専門性だけでなく、実務での応用力や他者との連携力が求められます。コンピテンシーの発揮と同様に、特にストレス下での対応力は重要です。
八尋本学では、大学院生向けに「愛大トランスファラブルスキル」として、リーダーシップや課題解決力など、社会で活かせる汎用的能力の育成にも力を入れています。
八尋大学は、学生の卒業後の進路を「出口」ではなく「次のステージへの橋渡し」として捉え、教育とキャリア支援を設計したいと思っています。
杉野企業側も、履歴書や面接だけでは学生の力を見極めるのは難しく、入社後にミスマッチが起こることもあります。第二新卒として再スタートする方も増えていますね。伊予銀行では、総合職を基本としつつ、デジタル分野からキャリアを始められるコースを設けるなど、専門性を活かした採用にも取り組んでいます。
八尋文部科学省の調査でも、卒業後3年以内に離職する割合は約30%で、大学としても卒業後のフォローアップが求められています。学生も社会に出てから「もっとこういう力を身につけておけばよかった」と気づくことが多いようです。そうした人材をもう一度大学に迎え入れて、大学院やリカレント教育を通じて再び社会に送り出す流れを作っていきたいと考えています。
八尋最近、文部科学省が「博士人材活躍プラン」という構想を打ち出していて、社会人も博士課程に進みやすくなるように、制度面でも支援が進んでいます。大学としても、これまでのようなアカデミックな博士だけでなく、社会で活躍できる博士人材の育成が求められています。
杉野博士人材というと、どうしても「個の力が強い人」という印象があります。金融機関のようにチームで動く組織では、個で完結する働き方は少なく、どうフィットするかを慎重に見極める必要がありますね。
また、大学で培った専門性が企業のニーズと合致しないケースも多いと感じています。博士人材が企業に入って営業職など自分の専門と全く異なる業務を求められると、ギャップに苦しみ、離職につながるケースもあるのが現実です。
八尋そうしたミスマッチを防ぐためにも、今は複数の教員で指導する体制を整え、金融・デジタル・マネジメントなどを横断的に学べる設計にしています。社会との接点を持ちながら学ぶことが重要だと考えています。
杉野何人の教授についたとしても、研究室に閉じこもって学ぶだけでは、変化は少ないのかな、と思います。やはり、どこかで社会と接続しながら学ぶ過程があると、気づきも多くなるはずです。
八尋今後は「大学に来てもらう」から「職場をフィールドにする」発想に転換しようとしています。企業の課題を研究テーマにして、大学がそこに伴走する形です。
杉野それなら、現場の課題を大学と一緒に解決しながら、企業の運営を良くしていくという実践的な博士人材の育成になりますね。
八尋履修期間も柔軟に設計しています。標準は3年ですが、1〜2年での修了も可能ですし、仕事との両立を考慮して4〜5年かけて学ぶ長期履修制度も用意しています。講義は夜間や土日など、就業時間外を想定しています。
杉野制度としては整ってきている印象です。ただ、企業から大学に人材を派遣するとなると数百万円の投資になります。派遣によって企業価値向上に資するようなスキルや専門知識の修得につながるかが、投資判断の基準となります。
八尋産学連携の観点から言えば、地域の中小企業の経営者にこそ、社会人博士として学び直してほしいと考えています。社会課題を自分の課題として捉え、より専門的に企業経営ができるようになることが、地域の力につながると思います。
杉野なるほど。経営者自身が博士課程で学び直すことで、企業の方向性や課題解決力が高まりますね。
八尋大学としても「アントレプレナーシップ教育」に力を入れています。新しいことを起こせる人材を育てることは、企業にとっても大学にとっても共通の課題です。理想を言えば、「愛媛に行けば何か新しいことが起こる」と思われるような地域を目指したいですね。
杉野面白いですね。そうした人材が地域に根づけば、企業も大学も、そして地域全体も強くなっていくと思います。
八尋大学は今、卒業後も社会人のキャリアに関わることが求められています。本学では「デジタル情報人材育成機構」を立ち上げ、県と連携して初級〜上級のデジタル教育コンテンツを整備しています。
杉野我々も、自己研鑽の制度を広げていて、年間上限10万円まで自己啓発費用を補助する制度を導入しています。大学のプログラムが業務に直結するものであれば、非常にありがたいですね。
八尋企業のニーズを聞いたうえで教育プログラムを設計することが重要と考えます。例えば、銀行の課題を大学に持ち込んで、それをテーマに教育プログラムを組むことで、企業にとっても投資価値があるし、大学としても社会的意義のある教育になります。
杉野新規事業に挑む際には人材が不可欠です。現場の課題を持ち込める仕組みは、企業にとっても魅力的です。
八尋これまでは大学の枠内で完結するリスキリングやリカレント教育が中心でしたが、それでは限界があります。今後は、業種ごとの共通課題に対応したプログラムを整備し、その延長線上に博士課程が位置づけられるというイメージで考えています。
杉野大学が我々のニーズを汲み取って教育に活かしてくれるのは非常にありがたいです。地域の中小企業の人材育成にも、ぜひ力を入れていただきたいですね。
八尋大学院に進学する年齢は、特に女性にとって家族を支える時期と重なります。20~30代は出産・育児とともに、キャリアップの時期。そんな中で、大学院や学び直しの機会がもっと柔軟に選べるようになれば、女性にとっても大きなチャンスになるのではと思っています。
杉野確かに、女性のキャリア形成は男性とは違う課題が多いですよね。大学院進学は大きな決断ですし、家庭との両立も考えなければならない。でも、地元にそうした学びの場があることは、選択肢を広げる意味でも非常に重要だと思います。
八尋例えば、観光学の分野では女性が多く、キャリアを一度離れてから再び現場に戻って学び直す方も実際にいるそうです。実践や生活の中で得た経験を活かして学位を取得できる仕組みがあると、もっと多様な生き方が可能になると思います。
杉野そうですね。東京や関西に行かなくても、地元で学び直しができる環境が整えば、女性が自分らしいキャリアを築くための選択肢が増える。これは地域にとっても大きな価値です。
今回の対談では、大学と企業が連携し、地域社会の未来を支えるための教育・人材育成・キャリア支援のあり方について幅広く意見交換を行いました。学生の変化、社会人力の育成、卒業後の接続、博士課程やリカレント教育の可能性、そして多様性を活かしたキャリア形成まで、多角的な視点から課題と展望を共有できたことは非常に有意義でした。今後も、理想と現実の間で柔軟に連携を深めながら、地域に根ざした人材の育成と定着をともに、力強く進めてまいります。