鈴木「未来価値」とは?これまで何度も考えてきましたが、未来というからこそ、その価値は、今はまだ明確ではなくモヤモヤしたものではないかと思います。未来の価値になるものをつぶさず、育つ芽を膨らませていくことではないでしょうか。
武山理想論だけでは進まないからこそ、「うちの分野では女性が少なくて、どうしても偏ってしまう」とか、現場のリアルな声から少しずつ状況を変えていくことが大事。困りごとを率直に話すことが、未来価値の創造につながると思います。
鈴木私は法律が専門ですが、法律ができたら状況が一気に変わるということはありません。男女共同参画関係の法律ならなおさらです。法律はきっかけにすぎません。男女雇用機会均等法もそうですし『NO!“マネル”』※のような目標も、拘束力はないけれど、意識を変えるものさしになります。
武山『マネル』って言葉があるんですね。
鈴木『NO!“マネル”』は、男性だけのパネルを避けましょうというガイドライン。2024年に学長名で公表していますが、国内の大学で初めて作ったものです。マネルであれば開催できないなどの拘束力は、今のところありません。
武山でも、そういう言葉があることで、「あれ?」って思うきっかけになります。『NO!“マネル”』の啓発ポスターを見て、学生が「なにこれ?」って思うような。
鈴木そうなんです。先日実施した国際連合大学の白波瀬上級副学長の特別講義「ジェンダー平等に関する国際動向と日本の課題」の後、学生が「まだ女性の多くが、社会の大事な場に参加できていない状況があることに驚いた」と感想に書いていたんです。学生たちはすでに次の未来価値を獲得している。
武山 教職員が「マネルって何が悪いの?」って言っている一方で、学生は「それはもうおかしいでしょう」と思っている。このギャップが、未来価値の変化を示しているのかもしれませんね。
鈴木「なにこれ?」から始まることが大事。制度をきっかけに、時間をかけて変化を促すものなんです。
武山子育て中でも、論文を書けと声をかけてくれる教授がいたんです。理系の場合どうしても論文数が評価指標になってしまうので、人事のタイミングに備えるようにと。人権相談員など女性に任されがちな役は、最初は「なぜ私だけが」と思いましたが、その役割を果たす過程で育てていただいたと思っています。
鈴木周囲の期待があったからこそ、挑戦できたんですね。
武山助教の頃から仁科学長とも気軽に話せて、管理職の方との垣根もなく、失敗しても大丈夫って思えた。そういう環境がありがたかったです。
鈴木心理的安全性って、まさにそういうこと。安心して挑戦できる環境が大事です。
武山教務委員を引き受けた時、会議が保育園のお迎え時間と重なっていて。コース長の先生に「会議の時間を早めてほしい」とお願いしたんです。先生は「途中で帰ってもいいよ」と言ってくれたけど、私は最後までいたかった。委員として責任を果たしたかったんです。
鈴木それ、すごく大事なことですよね。言わなきゃ伝わらないし、言えば変わることもある。
武山私はなるべく直接会って話すようにしています。表情や声のトーンで伝えたいから。雑談の中で信頼関係が深まることも多いです。
鈴木雑談って本当に大事ですよね。会議では出てこない本音やアイデアが、コーヒー片手の会話から生まれることもあります。
武山私がここで幸せに働けているのは、そういう雑談や愚痴を言える時間があったから。ちょっとした“余白”がすごく意味を持つんです。
鈴木制度や仕組みだけではなく、人と人との関係性があってこそ、組織は動く。信頼があるからこそ、助け合えるし、未来価値も生まれると思います。
武山学内にもコーヒー片手に教職員が雑談できる空間があればいいですよね。「未来価値カフェ」みたいな(笑)。
鈴木雑談の中から「それ、面白いね」っていう芽が出てくる。そんな場が、未来価値の土壌になると思います。
武山管理職にと声をかけていただいたとき、正直「え、困ったな」と思いました。子育て中で研究も忙しかったからです。でも、「あなたしかいない」と言っていただくと、期待に応えたい、何とかなるだろうと思えました。
鈴木私は不安でした。大学院時代の恩師に、「来た仕事は断るな」と言われていたんです。「あなたにできるだろうと思われているから、仕事がくるんだ。」と。頑張ればできるかもしれないと肩の荷が下り、やってみようと覚悟を決めました。
武山私の場合、最初は何でも引き受けてしまい、自分をすり減らした時期がありました。今は断る勇気も大事にしています。最初は意見を言うことをためらうこともありましたが、少しずつ言い方を工夫しながら伝えられるようになりました。
鈴木私は前任者が年上で、その方と「同じくらいの力量が必要」と思ってしまって、力不足の自分を責める気持ちが大きい時期がありました。でも組織って、色々な経験に応じて役割を担っていくもの。今の自分にできることを一歩ずつやろうと思っています。
武山管理職になるって、特別な能力があるからではなく「やってみよう」と思えるかどうか。自分の娘や教え子たちに恥じない仕事をしたいという気持ちも、背中を押してくれました。
鈴木ダイバーシティとは、女の人がキラキラしながら働いていること、のように言われることがあります。
武山別にキラキラしてるつもりはないし、むしろ日々へばってる(笑)。
鈴木「キラキラな役割(発言)が必要だったら、いつでも呼んでください」と、民間で活躍する女性に冗談めかして言われたことがあります。ちょっと違うなと。ダイバーシティって、そういう“見せ方”の話じゃない。
武山私たちがやってきたのは、もっと地道なこと。断る勇気を持ったり、子育て中に会議の時間を変えてもらったり。一つひとつの積み重ねが、「普通に」働ける環境につながっている。
鈴木本来、ダイバーシティって「今、この場にいる人たちが、安心して働き、その場で育っていける環境を整えること」だと思うんです。優秀な女性を外から連れてくることだけを指すとか、キラキラした女性を前に出すことじゃない。制度と心の両面から、安心して働ける枠組みをつくることが大事なんです。女性も、外国人も、障がいのある人も…そのままでいられること。それがダイバーシティ。誰かにならなくていい、自分のままでいい。
武山少数者が安心して暮らすには、制度だけでなく、心のあり方や周囲の理解も含めた「土台」が必要だと思うんです。
鈴木「ダイバーシティ=価値」ではなくて、「ダイバーシティが価値を生み出す基盤」なんですよね。制度だけでは足りず、対話や環境があって初めて意味を持つ。私の専門の社会保障の分野でも、まさにそう。制度だけでは人は救えない。制度を守ることが目的になってしまうと、本来の「活躍できる価値」が見えなくなる。制度と心の両面からのアプローチが必要なんです。
武山制度は静的だからこそ、変化に対応できる柔軟な土壌をつくることが大事ですね。
鈴木制度は「ものさし」だけど、それで測れないことも多い。その「測れなさ」を受け入れることが、ダイバーシティの本質かもしれません。
武山上の世代は制度が整っていない中で道を切り開いてきた「戦ってきた人たち」だと思います。私たちはその背中を見てきました。
鈴木そうですね。先輩方の気持ちも背負っているからこそ、私たちは制度が整ってきた中でどう生きるかを模索している世代。20代の頃、「ボンクラな私でも、定年まで働こう」と決めました(笑)。以前は、子育てなど職場に“迷惑をかける”女性は働き続けられなかった。“有能”じゃないと排除されるのではなく、誰もが働き続けられる組織こそが人を育てると思います。
武山私は、子育てをしながら働いている若い頃、「職場に迷惑かけてるんじゃないか」と思っていました。でも、私を「大切な仲間」と思ってくださる職場の先輩・後輩がいたから、安心して続けてこられました。
鈴木だからこそ、今の若い人たちにも「完璧じゃなくていい」と伝えたいです。「どうすれば働けるか」を一緒に考えることが大切。
武山今の学生は選択肢が多くて自由だからこそ、その分不安も感じている。「どんな選び方もある」「失敗しても大丈夫」と伝えていくことが大事だと思います。
鈴木「パートナーとの将来を考える中で、就職先をどうしたらよいか」と相談を受けることがあります。大学生は、「自分の人生をどう生きていきたいか」の話をする場があまりない。就職支援はあっても、「誰とどこでどのように生きたいか」という話はできないまま、就職活動が進んでしまう。
武山私もゼミ生から相談を受けますが、「今考えても仕方ないこともある」と伝えています。私自身も就職して辞めて、学び直して学位を取り、その後子育て中心の生活になった。こんな人生になるとは学生時代に予想もしなかった。だからこそ「今やりたいことをやってみる」。うまくいかなかったら次を探せばいい。次の道は必ずあるからと伝えたい。
鈴木一人ひとりの人生だから、結婚も、仕事もどっちもOK。でも、まずは「働くって意外と楽しいよ」と、私たちが見せていくことが大事。働くことを「苦役」だと思っている学生も少なくないけど、仕事を通じてやりがいや人とのつながりを得られる。そういうリアルを伝えていきたい。
武山私も最初は「誰かの仕事」をやらされている感が強かったけど、30代後半で仕事が「私の仕事」になってきた。最初は誰でも迷うし、我慢もある。でも、続ける中で、仕事の面白さや意味が見えてきた。だから学生には「まずやってみよう」と伝えたい。
鈴木これまで研究分野では、ダイバーシティはイノベーションを起こすための手段の側面が強調されてきましたが、それだけではない。本来的にはダイバーシティは価値を生み出す基盤。今いる人が、今いる場所で育ち、役割を担える環境をつくることが大切です。
武山未来価値は遠くの理想ではなく、今ここでの関係性や働き方の中に芽生えているもの。それをどう育てるかが私たちの役割だと思います。私たちも同じ「女性管理職」という立場でも、考え方やここに至るまでのプロセスは違う。世の中では「女性」とひとくくりにされがちですが、みんな違います。その違いを伝えていくことも、ダイバーシティの大切な一面だと思います。
鈴木そのとおりですね。本学でも、一人ひとりが違うことを意識して、ダイバーシティの重要性を継続的に発信していきます。ダイバーシティが当たり前になり、誰もがバックグラウンドに関係なく役割を担える社会の実現は、まだ道半ばです。だからこそ、今このタイミングで、何とかしたいという思いがあります。「こうなったらいいよね」っていう話を重ねていくこと。それ自体が価値創造の始まりだと思います。
今回の対談では、ダイバーシティを軸に、働き方や職場での役割、子育てとの両立、そして自分らしく働ける環境づくりについて、実経験をもとに意見を交わしました。制度や理念だけでは見えにくい現場の声や日常の関係性から、挑戦を支える文化の重要性が浮かび上がりました。
異なる専門を持つ教員同士の対話を通じて、多様な働き方や価値観の受容に向けた課題と展望を共有できたことは大きな成果です。
今後も、現場の声に耳を傾けながら、誰もが安心して自分らしく働ける社会の実現に向けて、対話と実践を続けていきます。